動きだす排出権ビジネス 将来20兆円の市場規模?

(2005年1月)

京都議定書発効を前に

排出権ビジネス

京都議定書の発効(2005年2月16日)を前にして、排出権ビジネスが動きだしてきた。二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を“商品”として取引する新たな環境ビジネス。世界の市場規模は将来20兆円ともいわれている。その周辺を探った。

温暖化防止策の一つ

2008~12年の温室効果ガスの総排出量を1990年比で年平均6~8%減らす--。1997年に温暖化防止策の一つとして京都市で締結された国連の京都議定書(気候変動枠組み条約)は、日本や欧州連合(EU)などにそう求めている。大気中にたまって宇宙に逃げる熱(赤外線)をはね返し、地球に熱をこもらせるのが温室効果ガスで、日本の1990年の排出量は約12億3700万トン。6%削減すると約11億6300万トンだが、環境省の集計速報では2003年度中に約13億3600万トンを排出しており、現状では約1億7300万トンも上回っている計算だ。

羊のげっぷ

省エネ化

企業・工場は省エネ化を図って努力するものの、景気が上向くに従い排出量も増えることになる。ガソリン1リットルを燃やして出る二酸化炭素の量は日本では2.32キロだが、自動車・船舶の2003年度の排出量は前年度比19.5%増。一方、一般家庭が消費した電力は28.9%増に相当し、オフィスビルは36.9%も増加した。

温室効果ガス

温室効果ガスはこうした経済・消費活動に伴うものばかりではない。ニュージーランドでは2004年まで、酪農家と政府の間で激論が続いていた。約3900万頭の羊や牛が「げっぷ」などで吐き出すメタンガスの量を抑えるため、研究費用に約6億円の新税を農家に課すというのである。方針は撤回されたものの、メタンの温室効果は二酸化炭素の約21倍。家畜の総排出量が地球に与えるダメージは、ニュージーランド全体の5割以上に相当する。

批准国

果たして批准国は、繁栄を維持しながら目標を達成できるのか。「不合格」なら13年以降は30%の削減を義務付けられる可能性があるばかりか、国際社会の信義を失うことになる。そこで脚光を浴びるのが排出権ビジネスだ。

京都メカニズム

市況欄に二酸化炭素

議定書は「京都メカニズム」と呼ばれる特例を設けている。▽先進国が削減義務のない途上国に温室効果ガスの排出量を抑える技術を提供し、そうして減らせた分をクレジット(排出権)として保有する「クリーン開発メカニズム」(CDM)▽議定書に批准したものの経済の低迷などですでに削減目標に達して排出「枠」が余っている国々に対し、さらに新技術の導入によってクレジットを得られる「共同実施」(JI)▽そして、このクレジットや余剰「枠」を売買できる--3点だ。

クレジットが富を生む可能性

背景には、経済大国が削減努力をするにはコストがかかり、他国で減らしても地球全体の温暖化防止効果は同じという理屈がある。途上国は低エネルギー消費で成長でき、雇用も確保されるだろう。実際に排出量を減らしたと証明するには国連の「お墨付き」が必要だが、クレジットが富を生む可能性は低くない。

EU市場

例えばEU市場は2005年1月19日夕(日本時間20日未明)、二酸化炭素1トン当たり価格を6.78ユーロ(914円)で取引を終えた。これは、日本が議定書で公約した温室効果ガスの削減量を今すぐ達成しようとするなら約1581億円で「排出権」を買わなければならないことを意味している。EUは議定書の発効に先がけ2005年から域内取引を開始。加盟国に独自に削減量を義務付け未達成なら1トン当たり40ユーロの罰金を科しており、取引量は年初1週間で100万トンに上ったというほどだ。

ブラジル政府

EU以外でもすでに1トン5~7ドル(724円)で仮契約が成立しているといい、ブラジル政府は「排出権を輸出する」と2004年12月、先物取引市場の創設計画を発表した。相場は需給バランスで変動するから、いずれ先進国の新聞の市況欄に「二酸化炭素」が掲載される日がくるかもしれない。

価格予想会社も

米国や中国をどう取り込むか

日本企業も黙って見てはいない。インドの化学工場で、フロンガス破壊装置の建設が進んでいる。完成は2005年夏の見込みだが、製品製造過程の副産物として大気中に放出されているフロンを壊すことで、二酸化炭素に換算して年間約500万トンを削減できるという。住友商事と欧州の企業が共同出資した。

三菱商事と丸紅
フロン破壊事業

英国系の化学メーカーが韓国で行うフロン破壊事業には、三菱商事と丸紅も出資する。三菱商事と丸紅が得る排出権は二酸化炭素換算で、それぞれ年間10万トン。仮に1トン7ドルなら低いコストで、毎年約7240万円で売却できる計算だ。東京電力もチリの3養豚場から出るメタン回収を進めており、こちらは年間計41.2万トン。10社13件が京都メカニズムを利用した事業として政府に認められ、国連への登録手続きに入っている。トヨタ自動車やソニー、東芝などは2004年12月、排出権購入を主目的とする約150億円の基金を設立した。

排出権の模擬取引

日本政府も排出枠を確保するため独立行政法人の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を通じてベトナム、カザフスタンで事業を進め、環境省と経済産業省はそれぞれ昨年、企業を集めて排出権の模擬取引を実施した。

削減は社会的義務

議定書の発効が近づき「大きな歯車が動き出した」と見るのは、購入を仲介する「ナットソース・ジャパン」。米国に本拠を置くグループ全体で、昨年は1000万トン以上を取り扱ったという。執行役員の春田五穂(はるたいつほ)さんは「削減は社会的義務でありビジネスチャンスは広がる。ただし国情や相場などで投資リスクが生じることもある」と話す。

GHGソリューションズ

こういった懸念に応えるため、みずほ情報総研と電源開発は市況分析や価格予想などを専門とする「GHGソリューションズ」をネット上に立ち上げた。2003年の設立時に10社だった顧客が今では約50社。5年後の国内市場は約2兆5000億円というのが政府の推計だ。

みずほ情報総研

ただ、みずほ情報総研の予測は「国内企業はある程度確保すれば大事に保有するだろう。株式のように頻繁な売買にはならない」。春田さんは「課題は、議定書に批准していない米国や急成長しつつも削減義務のない中国やインドをどう枠組みに取り込むか。排出権の獲得競争がいずれ温室効果ガスを減らすだろう」と話す。

「地域」における「低炭素社会」の実現に向けて

地球温暖化の影響が顕在化しつつある今、持続可能な低炭素社会の実現に向け、私達は可能な限りの手段を講じて対策を進めていく必要があります。
 また、少子高齢化や産業構造の変化などにより、国内の多くの地域で、第一次産業・第二次産業が停滞し、地域コミュニティの機能低下、農地・林地などの荒廃が進行しており、地域コミュニティの再生、雇用の実現などに繋がる地域活性化を図ることが求められています。

国内クレジット制度の活用

平成20年10月に日本国内の中小規模のCO排出削減事業支援を目的として国内クレジット制度(国内排出削減量認証制度)の運用が開始されました。
この制度は、中小企業等が大企業等から資金や技術・ノウハウ等の提供を受け、協働(共同)でCO排出削減に取り組む仕組みとしてスタートし、そのCO排出削減分が「国内クレジット」として売買できるため、企業が、CO削減目標達成の手段として国内クレジットを購入するだけではなく、地球温暖化防止に貢献するCSR活動として国内クレジットを購入・活用することが注目されています。

国内クレジット地域活性化支援プログラム

本プログラムは、国内クレジット制度を活用した全国各地域の活性化に貢献するCO2排出削減事業の普及促進と、企業によるCO2排出削減事業支援を通じた地球温暖化防止および地域活性化支援活動の全国的展開を促進することを目的として、複数の中小規模の排出削減事業から実現される国内クレジットをクレジット群(ポートフォリオ)として集約し、本プログラムに参加する国内クレジットの購入を希望する企業に個々の国内クレジットをパッケージとして配分する仕組みで、国内クレジットに関する仕組みとしては、日本で初めての仕組みとなります。

排出削減量(カーボン・クレジット)

(2001年9月)

京都議定書発効に向けて

環境エネルギーチーム

地球温暖化が進むと、甚大な被害がアジアを襲うと予想されている。このままでは、成長センターのアジアが、温室効果ガスの大量排出地域になることも確実である。朝日新聞アジアネットワーク(AAN)の「環境エネルギーチーム」は、温暖化という逆風をどう克服して、アジアの未来を拓(ひら)くか、検討してきた。国際協力協定の顔も持ち合わせている京都議定書が来年中に発効する見通しが出てきた今、日本はアジアの諸国や人々と協調しながら、温暖化を抑え込み、自然と文化の多様性に配慮した地域の繁栄を確保する必要がある。そのことを通じて、国際社会の持続的発展にも貢献できるはずである。

日本主導で制度設計を

アジア諸国が経済成長を続ければ、間違いなく各国の温室効果ガスの排出は増える。アジア諸国ではもともと1人当たりの排出量が少なく、中国では1人当たりの二酸化炭素排出量は米国の約8分の1にすぎない。そのアジア諸国が経済的に豊かになるにつれて、1人当たりの排出量が増えていくのは当然である。アジア諸国では人口増加も進んでおり、温室効果ガスの大量排出地域となることは明らかだ。

環境・エネルギーと地域の協調

京都メカニズムの未来は、具体的な運用ルールにかかっている。京都メカニズムには、外国での排出削減事業に向かったり、他国から排出削減量(カーボン・クレジット)を買ったりしていると、先進国内での削減努力が弱まり、消費パターンの改善や技術開発が進まないとの批判もある。削減量の過剰申告をする業者が出現して、クレジットの水増しが大量に発生する、との懸念もある。

大きな利点

しかし、京都メカニズムには大きな利点もある。途上国で温暖化対策を進め、そこから誕生するカーボン・クレジットで利益を得るというサイクルが確立されれば、温暖化対策に次々と資金が還流される。その結果、先進国による温暖化対策コストの削減、途上国における温暖化対策関連事業の活性化、温室効果ガス削減の数値目標の達成という3つのメリットを同時に追求できる。

アジアで唯一、京都議定書で数値目標が定められた日本は、京都メカニズムの3つのメリットをアジアで実現できるよう、機能的な制度設計を主導すべきである。

最大の障害
ビジネスリスクや取引コスト

アジアの途上国で誕生するカーボン・クレジットで利益を得るというサイクルを確立する際、最大の障害となるのは、価格変動などのビジネスリスクや取引コストの大きさである。この問題を解決する試みは、すでに世界銀行や、欧州復興開発銀行、北欧開発銀行、中米開発銀行などが始めている。複数の温室効果ガス削減プロジェクトを束ねた形でカーボン・クレジットを算定することによってリスクを小さくし、売り手と買い手を仲介することによって取引コストも減らす仕組み(カーボン・ファンド)を作っている。

途上国援助(ODA)資金

オランダ政府は、ビジネスリスクを小さくするために、カーボン・クレジットを一定価格で政府が買い上げる制度を導入した。すでに既存の政府の途上国援助(ODA)資金に追加的な予算を約200億円計上し、約35億円で約400万トンのCO2購入契約を東欧数カ国で事業を行った企業と結んでいる。

カーボン・ファンド

アジア地域には、こうした動きがほとんどない。日本が音頭をとって例えば、この地域の情報を多く持つアジア開発銀行や日本の国際協力銀行にカーボン・ファンドを作り、アジアでの温暖化対策事業への投資が円滑に進むような仕組みを構想してはどうか。オランダの例にならって、日本政府がカーボン・クレジットを買い上げるのも、価格変動リスク削減に有効だろう。

排出量取引制度
取引の管理制度

日本国内においても、様々な制度設計が必要である。まず、国内における排出量取引制度や取引の管理制度など、カーボン・クレジットの国際取引を促す制度の整備が不可欠だ。日本政府による買い上げ制度を導入するとなると、公的資金が必要となる。ODA資金の流用は京都議定書で禁じられている。従って、原資を考えると、税制改革も視野に入れながら、環境エネルギー関連や国際協力関連の公的資金の使い方を見直す必要があるだろう。

自然エネルギー

石炭利用の効率化

途上国とカーボン・クレジットを取引する場合には、途上国側の意向に耳を傾けることが大切だ。アジア諸国には、省エネルギー、石炭利用の効率化や、自然エネルギーによる未電化地域の電化など、エネルギー関連の技術移転などへの期待が高い。こうした現地の要望をどのように反映するかを考えなければならない。

「一挙多得」の道示せ

日本外交は「人間の安全保障」を重視する。飢餓、貧困、環境破壊などの脅威から個々の人間、とくに弱者を守る。それが紛争防止や途上国の経済・社会発展を促すとの考えに立っている。民族事情が複雑なアジアでも「人間の安全保障」が地域安定のかぎを握る。ところが今、地球温暖化による自然環境の劣化が「人間の安全保障」を脅かそうとしている。

民族対立

中国東北部で干ばつが続けば、影響は地元での栄養失調や水争いにとどまらない。危機管理策として中国が穀物を大量輸入すれば世界の穀物価格が上昇し、最貧国の輸入は困難に直面する。バングラデシュで洪水が激増すれば、難民が隣国のインドにあふれ出し、民族対立が激化しかねない。

アジアでは沿岸部に多くの都市が集中する。温暖化で海面が上昇すれば都市部の多くが居住困難となり、大量の人口移動が起きる。熱帯・温帯アジアの沿岸低地部だけで数千万人が住居を追われるとの試算もある。人種・民族間の摩擦を引き起こすことなく、移住できるのか。確たる未来設計はどこにもない。

自然環境の劣化で衰亡

歴史上、数々の文明や国家が自然環境の劣化で衰亡した。その過程で多くの争いが生じ、人命や生活基盤が奪われた。「人間の安全保障」など望むべくもなかった。21世紀のアジアは同じ轍(てつ)を踏んではならない。

温暖化対策が後手に
目先の経済成長

だが、途上国はコストのかかる環境保全より目先の経済成長に目を奪われがちで、温暖化対策が後手に回る恐れがある。そうした事態を防ぎ、アジアでの温暖化対策の普及をけん引できるのは、この地域で唯一の先進国・日本だけである。

温暖化防止の先鞭

省エネルギー推進や新エネルギー利用拡大

日本はまず国内で省エネルギー推進や新エネルギー利用拡大などに取り組み、温暖化防止の先鞭をつけなければならない。その経験を生かしながら、資金や技術を最も有効に生かす構想を発信し、アジアに温暖化防止策を広めていきたい。

温暖化対策の重要性

温暖化対策の重要性を説くばかりでは、途上国を動かすことは困難だろう。気候変動は多くの場合には近未来の脅威で、今日明日の暮らしを脅かすわけではないからだ。その壁を乗り越えるため、アジア諸国が強い関心を持つ身近な環境エネルギー対策を実行することで、副次的に温暖化対策も進む仕組みを定着させる必要がある。

化石燃料燃焼

たとえばアジアの大都市では化石燃料燃焼による硫黄酸化物や窒素酸化物、煤煙の排出が大気汚染をもたらし、健康被害が深刻化している。酸性雨の原因ともなり、緑の減少も続いている。この切実な現状に対応するために、石炭利用の効率向上や天然ガスへの転換を進める。成功すれば、大気汚染や酸性雨の原因物質だけでなく二酸化炭素排出も抑制され、「一挙多得」となる。

風力や太陽光などの分散型発電

アジアでは農村部、山間部の多くで、電化が遅れている。そうした地域では風力や太陽光などの分散型発電を導入した方が電化は早く進むうえ、送電ロスも少ない。地域の人たちによる効率的なエネルギー利用への工夫も期待でき、「一挙多得」をめざせる。

温室効果ガス排出削減の数値目標

21世紀半ばには、中国、インドの温室効果ガス排出量が地球環境を左右するとの見方が強い。しかし、京都議定書が温室効果ガス排出削減の数値目標を定めているのは先進諸国だけで、中国、インドとも数値目標がない。

中国、インド

自主的な排出削減

このため、両国に自主的な排出削減を促していくことが大切だが、その時には「一挙多得」をどう根付かせるかが、重要なかぎとなるだろう。公害対策、省エネで実績を持つ日本が効果的な方策を提言し、実行を支援していく必要がある。

アジア安定の礎

「成長センター」であるアジアが温暖化の抑制に失敗すると、最大の被害現場となりかねない。自然環境が空前の規模と速度で劣化する脅威を前に、先手先手で立ち向かう。それを「人間の安全保障」外交の中核に置いて、アジア安定の礎にすべきである。

京都メカニズム

国際的な「排出量取引」や海外での事業によって温室効果ガスの削減目標を達成する仕組み。排出量取引は、先進国が排出量の割り当て分を売買できる仕組み。目標以上の削減分は売れるし、買った国は自分の削減分としてカウントできる。「共同実施(JI)」は、先進国が他の先進国で行った事業によって排出量を削減した場合、投資国が自分の削減分としてカウントできる仕組み。

クリーン開発メカニズム(CDM)

京都メカニズムのひとつで、先進国が途上国で行った事業によって排出量を削減した場合、先進国が自分の削減分としてカウントできる仕組み。今年7月の気候変動枠組み条約第6回締約国会議(COP6)再開会合では、原発による削減分の京都メカニズムへの適用を控えることや政府の途上国援助(ODA)資金のCDMへの転用の禁止などが合意された。